エヴァはなぜ成功したのか?

それはエヴァがビジュアルジョッキー的な側面を非常に強く持っているから。

この作品の何に惹かれているのだろうと考えると夜も寝られません(うそ)。

たしかに散りばめられた答えが合るのか無いのかも分からない謎(というか、矛盾)は魅力的なのです。しかし、それ自体は「は?何いってんかわかんね」と、見放される要素でもあるわけです。いえ、むしろ本来はそちらの要素の方が強いはず。

また、登場人物が魅力的だったから、という説明もありますが、それならエヴァじゃなくても他の作品でも同じ様なことが言えるでしょう。

ロボットが魅力的だったから?
いえ、それも他にもかっこいいロボットはあります。ロボットに意思があるという設定はこれまでにもいくつか逢ったと思います。

それら要素を色々ツギハギして、良いとこ取りだからウケた、という説明は説明には成っていないでしょう。この説明で「では、どの点がどこから取られていて、それが魅力に対してどう効果があるのか」と聞かれて答えられる人は少ないと思います。出典が分かってもそれがどう良さに結びつくのかは分からないでしょう。

これらのことは、魅力を感じてしまった人の後付けの理由で、その最も根本的なハマりの原初的な理由には成っていないと思うのです。

それでこんな謎と仮定のブログをやっていてなんですが、ストーリーも意味も実は内容がなく、エヴァの根本の魅力は画像と音楽を融合させたビジュアルジョッキー的な「感覚」にこそ、価値があるものなのではないかと思うのです。

というのは…
すでにTV版のオープニングのカットがめまぐるしく変わるという手法が新しいとは当時から言われていました。

あの怒濤の情報の流入を音楽に併せて受け手に打ち込むという方法はビジュアルジョッキーの手法に良く似ていると思います。心地よい音楽に乗せて、その音に合わせた「絵」を構築し、視覚と聴覚のリズムを合わせることで生まれる高揚感。

エヴァは画像と音楽が本当にうまく融合していて、音楽で終焉にあたるパートに物語の終わりを合わせて来ていたり、絵のリズムと音のリズムが融合しています。

ある意味とてもオペラな感じだと思うのです。実は良く聞くと登場人物の台詞も音楽のアクセントに成っている様なところがあると思っていて、印象的なシーンは音楽のパート変わり目とカットの変わり目、台詞の始まりが「タテ」に逢っていたり、とても心地が良く、分断されていない。

例えば序の印象的なシーンに シンジ「人類を守る…?そんな大切なこと…どうして僕なんだ…」という個人的にすごい好きなモノローグが在ります。

この台詞の直後、シーンが変わり、音楽も素晴らしいリズムで次のパートに移ります。

これがシンジの心象をうけてそれでもなお状況は動く無常さと、状況の切迫を感じ取らせてくれます。

この手法が強い印象を与える。

このような一次的な感覚に引き込まれなければ、謎などといった複雑なことを解きほぐしてやろうという気力など呼び起こさなかったでしょう。

実はエヴァは長い時間ストーリーというオブラートに包まれた視覚的な「リズム」を感じさせることで、成功した作品であるということができると思うのです。